HISTORY
沿革

名古屋港における⽊材産業の歴史は、約400年前にさかのぼる。尾張藩は、「⽊曽⼭林」を領有し、これより産出する⽊曽材は、⽊曽川を流送され、桑名を経て堀川上流まで廻漕、⽊挽町(現在の中区丸の内)で製材し、名古屋城築城資材として供された。

こうして、県下はもとより、岐⾩・三重県より産出される⽊材の集散地として、堀川沿いに⽊材業が勃興した。

明治40年の名古屋港開港に伴い、市街地形成と並⾏して、順次下流側へ南下しながら発展したが、第⼆次⼤戦後、合板⼯業の発達とともに、外材の輸⼊量も増加の⼀途たどり、名古屋港を中⼼に、三運河(堀川・新堀川・中川運河)周辺を基盤にして、⽊材関係企業が⽴地するに及んで、⽊材取扱港として、東京・⼤阪と並んで、全国三⼤港に数えられるようになった。

外材輸⼊量の急増は、全国⼀を誇った貯⽊場施設の収容⼒を超え、港内や河川部にまで繋留せざる得ない状態となった。

この頃、名古屋港の南部及び⻄部に、臨海⼯業地帯の造成が計画され、⽊材関連⽤地は、当初、南部地帯に計画されたが、計画⽴案中の昭和34年に、「伊勢湾台⾵」が襲来し、⾼潮によって、貯⽊場等から流出した⽊材が、周辺の⺠家に被害をもたらしたため、防災的⾒地から計画の⾒直しが⾏われ、南部地帯には製鉄所を主体としたコンビナートの建設計画が決定されたこともあって、⽊材関連⽤地は、名古屋港整備計画及び名古屋市街地改造計画の⼀環として、⻄部地帯に、⽊材港及び⽊材⼯業地帯として造成されることとなった。

伊勢湾台⾵が⼀つの契機となって、⽊材業界の懸案であった「新⽊材街」の建設が急速に具体化した。これを推進する機関として、進出(移転)希望者により昭和35年1⽉に「名古屋⽊材街建設促進協議会」が設⽴、昭和36年には、⻄2区の第⼀期・第⼆期⼯事地区の137社が契約を⾏った。

昭和43年12⽉に、⽊材港の⼀部が開港され順次企業の進出が始まった。昭和47年に、⻄3区の第三期⼯事地区の81社が契約、昭和54年から56年にかけて第四期⼯事地区の40社が契約を終了した。これにともなって、進出企業の運営問題等から、昭和50年3⽉に「名古屋新⽊材街組合を解散、改めて、契約者201名をもって「名古屋港⽊材産業協同組合」を設⽴し、昭和51年4⽉、名古屋港⽊材団地のほぼ中央にあたる場所に「名古屋港⽊材会館」を建設した。

  • 名古屋の⽊材港写真001
  • 名古屋の⽊材港写真002
  • 名古屋の⽊材港写真003
  • 名古屋の⽊材港写真004
  • 名古屋の⽊材港写真005

<名古屋の⽊材港(名古屋港⽊材団地要覧)抜粋:1995年 名古屋港⽊材産業協同組合発⾏>

昭和34年09⽉ 伊勢湾台⾵来襲
昭和34年10⽉ 名古屋港管理組合は⻄部⽊材港建設計画を決定
昭和35年01⽉ 名古屋⽊材街建設促進協議会(鈴⽊達次郎会⻑)を設⽴
昭和35年08⽉ ⻄部⽊材街建設計画の資料作成のため実態調査を実施
昭和38年08⽉ 名古屋港審議会にて、⻄部⽊材港の建設計画が決定
昭和41年05⽉ 名古屋新⽊材街組合(鈴⽊達次郎組合⻑)を設⽴
昭和43年12⽉ ⻄部⽊材港開港
昭和50年03⽉ 名古屋新⽊材街組合を、名古屋港⽊材産業協同組合(桐⼭富治理事⻑)に改組、組織として、
総務・輸送・産業廃棄物・専⽤⽔⾯運営・産業安全・給⾷の各委員会を設置
昭和51年03⽉ 名古屋港⽊材会館が完成
昭和51年05⽉ 名古屋港⽊材産業協同組合広報紙“せいぶ”第1号を発刊
昭和55年04⽉ 名古屋港⽊材産業協同組合広報紙“マンスリーせいぶ”を発刊
昭和57年07⽉ 名古屋⽊材港再編整備協議会(桐⼭富治会⻑)設⽴
昭和58年08⽉ 名古屋⽊材街建設促進協議会が解散
昭和62年04⽉ 名古屋⽊材港調整委員会(桐⼭富治委員⻑)を設⽴
平成11年04⽉ 名古屋⽊材港調整委員会を名古屋⽊材港利⽤推進協議会に改組
(安藤友⼀会⻑)平成18年2⽉(江⼝正光会⻑)
平成12年03⽉ 名古屋港⽊材産業協同組合 笠⽊和夫理事⻑就任
平成16年03⽉ 名古屋港⽊材産業協同組合 鈴⽊和雄理事⻑就任
平成21年03⽉ 名古屋港⽊材産業協同組合 嶺⽊昌⾏理事⻑就任
平成30年10⽉ 名古屋西部木材港 開港50周年記念祝賀会開催
平成31年03⽉ 名古屋港木材産業協同組合 服部伸一理事長就任